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■最も手っ取り早いこづかいかせぎ 両親や祖母が教えてくれたはずがありませんから、これも近所のガキ大将のお兄さんから教わったのでしょう、子どものころの手っ取り早いこづかいかせぎは地金拾いでした。古釘、空きかん、ビンの王冠、針金の切れっ端といった小物から、使い古し錆びついた鎌や鍬などの農機具類、あるいは自動車のホイールキャップなどが、その気になれば道ばたや畑の中、田んぼの畦などに落ちているのが見つかりました。それを友達と2、3人で集め、秘密の場所にためておきます。保管を厳重にしないとほかの悪ガキグループにとられてしまいます。ある程度たまったら、定期的に地金屋のおじさんがリヤカーを引いて通りかかりますから、引き取ってもらいました。ぼくたちが杠秤(ちきり)と呼んでいた竿秤で、おじさんが目方を量るとき、ズルをされないように、ぼくたちは竿の目もりを食い入るように見つめます。そして、めでたく10円とか20円が手に入ったら、すぐ駄菓子屋さんに駆け込むのです。
■地金拾いは江戸時代から続いていた都市のリサイクルシステムのひとつでは? わが国では2000(平成12)年に「循環型社会形成推進基準法」という法律ができました。廃棄物の中から有用な物を取りだし、資源として活用していこうというものです。ぼくたちのこどものころは、そんな法律がなくても、ある程度のリサイクルができていたように思います。そういえば、幕末に日本にやってきた外国人が、江戸の町が世界一の人口をかかえながら、あまりにもきれいなことに驚いたという話が残っています。金属類はもちろんのこと、木ぎれでも紙くずでもみんな再生可能な資源とされているのでゴミひとつなく、し尿の処理も含めて、完璧ともいえるリサイクルシステムが確立していることに驚嘆しているのです。昭和20年代30年代までは、ある程度その伝統が残っていたように思われます。 それが、高度経済成長とともに大量生産、大量消費の時代がおとずれ、廃棄物が多くなり、国土がだんだんきたなくなってきました。ぼくは昭和50年から東京の多摩川の川べりに住んでいますが、住み始めたころは川の中に自転車やバイクがゴロゴロ捨てられていました。それを見て、子どものころだったらいいこづかいかせぎになったのにと思ったほどです。国や自治体の努力もあって、資源のリサイクルシステムはずいぶんととのってきました。廃棄物の不法投棄は相変わらずのようですが、川はひところに比べてずいぶんきれいになってきました。もっとも、子どものこづかいかせぎが環境美化に貢献する時代ではありませんけどね。 |
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